そして、情報編集力をどのように鍛えればいいですか?
記事の内容
この記事では、情報編集力とその鍛え方について話していきたいと思います。
情報編集力とは何か?
情報編集力とは、「正解がないか、正解が一つではない問題」を解決する能力です。
少し言い方を変えると、「正解がない問題に対して、新たな説得力のある仮説」を提示する力です。
どんどん単純な正解がなくなる成熟社会の問題解決には、情報編集力は必須になると言われています。
一方で、義務教育で学ぶ内容は、主に情報処理力と呼ばれています。
計算方法や漢字の書き方など、たくさんのことを覚え、それを思い出せるかどうかの能力です。
主に記憶力が大事になってきます。
これから情報編集力が必要な理由
今までの時代には、情報処理力が必要とされてきました。
でも、これからの時代は、情報編集力が大事になってきます。
その理由は、情報処理力に強いコンピュータとAIが発達してきたからです。
チェス、将棋、囲碁、麻雀というゲームを考えてみて下さい。
一手ごとの局面の複雑さを考えてみると、チェスは取得したコマを使うことはないので、取得したコマを再利用できる将棋に比べて単純だと言えます。
囲碁は、盤面が広く一手ごとの意味が複雑なので、将棋よりも局面数が多いと言われていました。
そして麻雀においては、一部の牌は伏せられているので、さらに局面数が多いと言えます。
麻雀は不完全情報ゲームなので、「チェス」「将棋」「囲碁」よりは複雑さが格段に上がります。
それを踏まえて情報処理力を使う順に並べると、このようになります。
チェス < 将棋 < 囲碁 < 麻雀
そのため、コンピュータに負けた順番も、チェス、将棋、囲碁という順番になっています。
麻雀は、まだ負けていませんが、それも時間の問題かもしれません。
これから、さらにコンピュータとAIが発達していくので、正解を当てるだけの情報処理力を必要とする作業は、必要がなくなっていきます。
そして、その代わりに必要となるのが、正解がない問題を解決するための情報編集力だと言われています。
「本能寺の変」が起きた時の、武将の心情を想像しよう!
情報編集力を鍛えるには、正解のない問題に対して試行錯誤をすることがよいとされています。
そのため、今回は正解のない歴史問題を題材にして考えてみようと思い、「本能寺の変」を題材にしてみました。
「本能寺の変」が起きた時の、それぞれの武将の心情を想像してみたいと思います。
本能寺の変とは、1582年の6月2日に、天下人である織田信長と後継者の織田信忠が、筆頭家臣である明智光秀によって殺された事件です。
これだけを読むと、大したことのないような事件にも聞こえますが、当時の家臣や住民の不安は、相当なものだったはずです。
当時は独裁体制だったので、現代と比べることは難しいのですが、しいて現代に例えるならば、民主党が自民党の幹部を皆殺しにして権力を奪取してしまったようなものです。
もし、そんな事が起きたら、残された自民党員や国民は、不安で仕方がないはずです。
そんな事が実際に起きたと思って、当時の状況を想像してみて下さい。
では、当時の武将ごとの心情を想像していきたいと思います。
ちなみに、当時の情報伝達方法は、馬に乗った人からの伝達か、伝書鳩からの伝達だったと考えれられています。
そのため、情報の真偽すらも、自分で判断しなければいけません。
本能寺の変が起きた前後の、各武将の位置は、下の図のような感じでした。
明智光秀
本能寺の変が起きるまでの状況
秀吉を助けるために中国地方に行こうとしたけど、気が変わって、京都に行って信長を殺すことにした。
本能寺の変が起きた後の思考
- とりあえず、織田信長と織田信忠を殺しけど、これからどうしようか?
- 朝廷から、俺の正当性を担保してもらいたいな
- 先日、接待した徳川家康も殺せると、これから楽かも
- 織田の残党の出方がわからんけど、みんな交戦中で忙しそう
- みんな織田家のことは嫌いだったし、俺の味方になってくれないかな?
明智光秀が出した結論
とりあえず朝廷に献金しつつ、みんなの出方を待つ。
豊臣秀吉
本能寺の変が起きるまでの状況
毛利軍と交戦中で、城を落とそうと水攻めをしている最中。
本能寺の変が起きた後の思考
本能寺の変から2日後の6/4日に情報を得る。
地理的には遠いはずなのですが、かなり早い段階で情報を得ています。
- 織田信長が討たれるわけがないので、毛利軍による偽情報かも?
- ホントに織田信長が死んでいたら、毛利軍が勢いづいて自分の命が危うい
- 織田信長の仇を取るために、明智光秀を倒さないといけない
- もし、明智光秀を倒せたら、大手柄だけど、明智光秀に勝てるのか心配
- 他の信長の家臣達は、敵なのか味方なのか、よくわからない
秀吉が出した結論
6/6日、毛利と講和した上で、全軍を引き上げる。
たった一日で講和をまとめ上げて、一気に大坂の方まで戻りました。
もし、この情報が毛利軍による偽情報だったら、後になって織田信長から怒られることは間違いないので、かなり勇気のいる決断だったと思います。
徳川家康
本能寺の変が起きるまでの状況
堺で、部下や穴山梅雪と一緒にくつろいでいた。
本能寺の変が起きた後の思考
6/2日に情報を得る。
- どうも、織田信長が殺されたのは、本当っぽい。
- 明智光秀は、自分のことをどう扱うつもりだろう?
- 織田信長の仇を取るにしろ、自分の身を守るにしろ、本国の兵隊が必要
- 同盟国の自分としては、これからどうしよう?
- 明智光秀とは、先日、一緒に仲良く飲んだんだけどな
徳川家康が出した結論
わけがわからんけど、とりあえず、6/2日にダッシュで本国に帰る。
穴山梅雪(武田家の当主)
本能寺の変が起きるまでの状況
堺で、部下や徳川家康と一緒にくつろいでいた。
本能寺の変が起きた後の思考
6/2日に情報を得る。
- 織田信長が殺されたのは、本当なのかな?
- 上手いこと言うて、織田信長と徳川家康は、俺を殺すつもりなんちゃうか?
- とりあえず、自分の身を守りたいので本国に帰りたい
穴山梅雪が出した結論
わけがわからんけど、とりあえず、6/2日にダッシュで本国に帰る。→ 殺される。
柴田勝家
本能寺の変が起きるまでの状況
北陸方面で、上杉と交戦中
本能寺の変が起きた後の思考
本能寺の変から5日後の6/7日に情報を得る。
秀吉より3日ほど遅い。
- どうも、織田信長が殺されたのは、本当っぽい
- 敵が勢いづいているし、周りも敵だらけになりそう
- 織田信長の仇を取りたいけど、明智光秀はどこにいるのかわからない
- 他の信長の家臣達は、敵なのか味方なのか、よくわからない
柴田勝家が出した結論
上杉側がすでに本能寺の変を知っていた。
敵討ちをしたいけど、攻めてくる上杉と戦うしかない。
織田信孝(信長の三男)と丹羽長秀
本能寺の変が起きるまでの状況
四国方面に行軍しようとして、大坂に滞在中
本能寺の変が起きた後の思考
6/2日に情報を得る。
- どうも、織田信長が殺されたのは、本当っぽい
- どうしたらいいのかわからん
- 豊臣秀吉と柴田勝家は、俺の見方なん?
- 敵は誰で、味方は誰なんだろう?
織田信孝が出した結論
とりあえず、近くにいた裏切り者を始末する。
それ以外は、誰が味方なのか判明するまで、様子見をする。
まとめ
私なりの情報編集力を使って、本能寺の変を整理してみました。
もちろん、こういった回答に正解はありません。
ただ、当時の武将がいた地理や立場を考慮しつつ心情を想像するのは、情報編集力のいい訓練になると思います。
みなさんも気になった事柄があれば、是非、それを題材に情報編集力を鍛えてみて下さい。
なお、情報編集力という概念は、この本を読んで勉強しました。
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