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プログラミング道場

大学をちゃんと卒業するまでに20年ぐらいかけた話

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俺は2000年頃に大学を卒業して、5年かけて一応、大学を卒業した。
学部は農学部。
「自然がちょっと好きだったから」という、今になって思えばくだらない理由で学部を選んでいた。
親が「あんたは自然が好きだから」という感じに、俺を誘導していた感もあった気がする。

大学に入る前は1年間、浪人もした。
勉強は全く好きではなかったのに、なぜか浪人をした。
現役時代からちょこちょこと顔を出していた「駿台予備校」という空間が好きだったからかもしれない。
予備校時代は、いつも仲間とタバコを吸いながらダベっては、雀荘にくり出していた。
いかにも昔の漫画に出てきそうな、麻雀が好きな典型的、駄目な予備校生だったと思う。

でも、なぜだか大学には合格した。
しかも、E判定の大学を受けて合格した。
予備校の職員から「〇〇コースの中では素晴らしい結果だから、体験記を書いて欲しい」と頼まれたぐらいだ。
でも、そこは、「遊んでいただけなので、書けるようなことはありません」と丁重にお断りした(笑)

その大学に合格したことが良かったことなのかは、今でもわからない。
遊んでいた予備校時代の延長線上で大学に行ったから、大学ではういてしまった。
地方の大学だったせいか、周りの学生は真面目だった。
つまり、分不相応な大学に入学してしまったというわけだ。
そのため、周りの真面目な学生達とはあまりウマが合わなかった。
そうして、留年をしているような駄目な学生達とばかり付き合っていた。
麻雀をしたり囲碁をしている時間は楽しかった。

あと、バイトは意外と好きだった。
テキ屋、キャバクラのボーイ、ホテル、居酒屋、雀荘の打ち子、家庭教師、色々なこと試してみた。
働いてお金を稼ぐことの方が、勉強より好きだった。

こうして昔を思い返しながら文章を書いていると、意外と色々なことを覚えていることにビックリする。
自分の記憶の中にある20年前は、そんなに遠い過去ではないのかもしれない。
20年なんて、本当にあっという間だ。

肝心の学業がどうだったかも説明する。
最初の一年で取った単位は10単位あったかどうかだったと思う。
そのペースがしばらく続いたから、二年が終わった頃には留年することが確定していた。
そして大学から親に連絡がいったので、今後について親とも相談した。
どういう話し合いをしたのかはあまり覚えていないけど、留年は一年だけで、五年間かけて卒業することを約束して、大学に通い続けることにした。

一般教養は、要領よく勉強して、おおよそ何とかなった。
唯一、辛かったのは第二外国語のタイ語。
女性が多いからという理由でタイ語を選んだものの、単位認定が厳しい先生だったのでめっちゃ苦労した(笑)
そのせいか、今でもタイ語で、1から10ぐらいは言える。

問題は専門科目の方。
こっちは、「ちょっと勉強」ぐらいでは何ともならないので、真剣に勉強する必要があった。
その中で最も難関だった単位が、Visual Basicを使ったプログラミング言語の授業。
色々なことが未知すぎて、以下のような様々な疑問が頭の中に湧いて出てきた。

  • =が代入?
  • int、floatって何?
  • forループって何?
  • 関数ってなんやねん?
  • ニュートンラプソン法?
  • モンテカルロ法?

一年目は適当に勉強して落第した。
二年目は真剣に勉強したけど落第した。
それでも必修だから逃げることはできない。。。
三年目になってようやく合格した。

合格して嬉しかったものの、「何でこんなくだらない講義をするんだろう?」という想いはずっと自分の中に残っていた。
なぜならば、将来、Visual Basicを使うイメージが全くわかなかったから。
2000年代初頭は、Webもそんなには流行っていなかった時代。
「Visual Basic」を使うイメージは、自分と同様に多くの若者が持っていなかったと思う。

そうして、なんだかんだで5年間かけて大学を卒業することはできた。
でも、卒業式には出ていない。
前夜に徹麻をしていたから、眠くてそれどころではなかった(笑)
学位授与式だけは出たものの、他には何も参加しなかった。
卒業に対して何の感慨もわかなかった。
ただただ、世間体を満たすために卒業しただけという感じだった気がする。

それでも学業に関することで、強く印象に残ったことが三つあった。

  • 一つ目は、「大学の勉強って、意味がない」
  • 二つ目は、「プログラミング言語って難しいし、意味がない」
  • 三つ目は、「英語の勉強って、なんだったんだろう?」

三つ目はなぜ、そう思ったのかと言うと、一ヶ月間だけオーストラリアに短期留学していたから。
そこで、自分の英語が全く使えないことに唖然とした。
中高と6年間も勉強をしていたのに、全く英語を話せないし聞くこともできないことがショックだった。。。
もちろん悔しくもあったし、日本の英語教育のバカバカしさにハッキリと気付いたのはこの時だ。

それらの印象をまとめると、「大学ってクソだな」ということだったのかもしれない。
楽しい思い出はあったものの、「大学で勉強を学ぶ」ということに対しては、全く肯定的になれなかった。
そうして、「大学で学ぶって何だったんだろう?」という疑問がずっと、自分の中に残り続けることになった。
正直なところ、他の卒業生を見ていても、大学で学んだことを使っている人なんてほとんどいない。
専業主婦になっている人もいれば、サービス業についている人もいる。
公務員になった人もいた。
彼らの多くは大学の知識を全く使っていない。
卒業後の数年間は、「大学って無駄すぎ」とずっと思っていた気がする。

卒業後の就職の話も少ししようと思う。
大学卒業後には金融系の営業に就職した。
農業とかは馬鹿らしいと思っていたし、経済が好きだったので金融系に就職して何かデカいことをやりたいと思っていた。
「金持ち父さん、貧乏父さん」が流行っていた時期だ。
「貧乏父さん」は、まっぴらごめんと思い、金融で一発当ててやろうという腹積もりだ。
そして金融機関でトレーダーになるために就職したものの、なぜか入口は営業だった。
ビルに入って、上から下のテナントまで飛び込み営業をやったりもした。
ミスタードーナツの隣の席で、金融系の話をしていた人に声を掛けたこともある。
一ヶ月に360時間ぐらいは働いたし、めっちゃくちゃ必死だった。
でも、大した結果は出せずに鬱っぽくなり仕事を辞めた。
好きだった彼女と別れたのもこの時だ。

それから、営業という「積み重ならない仕事」の不毛さに気付いて、手に職系の仕事をやりたいと思い始めた。
当時は、「Web2.0」というキーワードが流行している時期で、「mixi」が最盛期だった時代だ。
それで、なんとなく「プログラマー募集」という会社に応募したら、なぜか採用されたのでエンジニアになることにした。
今になって思えば、「大学でVisual Basicをやっていました」と話したのが採用された一因だったと思う。
自分では気付かない内に、「大学卒業のブランドと経験」を使っていたことになる。

それからは、元々、凝り性だったこともあり、プログラミングに没頭した。
プログラミングは楽しかったし、何よりスキルが積み上がっていき、一人前のエンジニアになれる過程が嬉しかった。
それなりに順調だった。
ただし問題もあって、2010年より前の時代だと、Web系のエンジニアは総じて給与が安かった。
3年ぐらいの経験を積んでも新卒の頃の給与より安かった。
大阪だと年収が300万円から400万円ぐらい。
その年収では、将来が全く見えてこない。

それで、英語を勉強することにした。
当時はユニクロや楽天が「英語の公用語化」を発表した時期で、「これからは英語が必要」という波がきていた。
エンジニアリング力だけで戦うことにも限界を感じていたので、その波に乗ることにした。
幸運なことにオンライン英会話が流行り始めた頃でもあったので、英語の勉強は順調に進んだ。
そのオンライン英会話がキッカケでフィリピンが大好きなり、セブ島で就職することにもなった。
それから、色々とあって今に至っている。

なぜだかわからないけど、今でも時々、大学時代を思い出す。
そして、こんなことをボンヤリと考えたりする。

  • 大学時代に勉強したVisual Basicが、自分のキャリアの第一歩だったんだ
  • 大学時代に自分の英語力の現実を知った経験が、後の人生に影響したのかもしれない

一定のキャリアを築いて生活が落ち着いた頃には、すでに大学を卒業して20年弱がたっていた。
その頃、たまたま大学の近くに行く機会があったので、当時、Visual Basicを教えてくれた先生にお礼を言いに行くことにした。
当時の先生は、大出世して学長になっていた。

学長に一通りの挨拶とお礼を伝えた。
「実は当時、先生の授業は大嫌いでした。何でこんなことを勉強するの全くわからないなとずっと思っていました。でも、不思議なことにその経験が今の自分の飯のタネになっています。本当にありがとうございました。」と正直な気持ちを伝えた。
学長は、それを聞いて非常に喜んでいたと思う。
当時、留年したぐらいのアホな学生だったから、なおさら嬉しかったのかもしれない。
それから、いくらか世間話をしつつ、大学を卒業してからずぅ〜〜〜と気になっていた質問を学長にしてみた。
「大学の勉強ってなんなんですかね?大学で学んだことってあまり使わないですよね。自分の場合は、たまたま一つだけは使いましたけど、多くの人は大学で学んだことを活かしていない気がします。」

それに対する学長の回答は明確だったし、意外でもあった。
「大学の勉強なんて、そんなもんだよ。プログラミング、測量、力学、そんなものを実際の社会で使う人は稀で、多くの人は勉強の仕方や勉強する過程を学んでいるんだ。

それを聞いて、す〜っとその回答が腹落ちした。
学長の回答は大学自体の否定にも聞こえるけど、自分には妙にシックリときた。
でも、大学を卒業したばかりの自分がその回答を聞いたら、「何を言ってんだ、コイツは?めっちゃ苦労したわ。無駄にした俺の時間を返せ!」と罵詈雑言を浴びせたいぐらいの気持ちになっていたかもしれない。
中高の6年間は大学に入るために勉強していて、大学に入ることがゴールだとずっと考えていた。
つまり、大学に入って、「勉強の仕方を学ぶ」という発想は、全く持っていなかったわけだ。
学長の言葉をそのまま受け取れば、自分が苦労した5年間を否定されているようにも聞こえてしまう。
アホだった俺は、きっとムカついていただたろう。。。

ただ、今になってその回答を聞くと、自分がキャリアを築けたのは「無駄に思えた大学時代の勉強」のお陰かもしれないと素直に思えた。
(「大学時代を無駄だったと思いたくない」という心理的な気持ちが働いていることも否定はしない)

最近、20代中盤になってプログラミングを始めて、エンジニアを目指す人達が増えてきている。
その人達の中には、エンジニアになれる人もいれば、なれない人もいる。
その差がどこから来るのかハッキリとはわからないけど、大学時代に何でもいいからシッカリと勉強していた人は、20代中盤からでもエンジニアになれている割合が多い気がする。(高卒でもエンジニアになれている人はいるので、割合の問題ですよ!)
おそらくだけど、「勉強の仕方」を知っている人達がエンジニアになれているんだろう。

それからしばらくして、学長から2020年の学位記授与式のYouTubeのリンクが送られてきた。
コロナの影響で、こうした形で学位記授与式を行ったらしい。

今の自分の心には染み渡るメッセージで、ようやく大学を卒業した気持ちになれた。
大学を卒業するのに20年もかかったんだなと思うと、感慨深いものがある。
卒業をするのに20年、まったくもって出来の悪い生徒がいたものですね(笑)

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